世界の街角で見た文化・歴史
【第15回】 深センの驚異的な発展ぶりに触れて
中国のシリコンバレーと呼ばれる深セン
中国の深センをこの目で見てきた。
40年前の1979年に鄧小平(とうしょうへい)氏の改革開放政策で経済特区となった。当時の深センの人口は3万人であったが、現在1,500万人に急成長した。深センは莫大な外国投資を誘致し工場を建設した結果、多くの出稼ぎ労働者が深セン市に集まり製造業が急速に発展。2018年、港湾コンテナ取扱量は世界第4位になった。深センの特徴は、経済特区という地の利を活かした中国の多くのハイテク企業の本社所在地としての役割にある。今や「中国のシリコンバレー」とも呼ばれ世界でも注目を浴びている。
深センにあるハイテク企業や有力企業(2018年時点)
DJI |
ドローンでは世界1位。世界でのシェアは70%とダントツで評価も高い。
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BYD |
電気自動車(EV)では世界1位。アメリカの自動車関連メーカーを買収して成長。深センのバスの95%は電気自動車。 |
Tencent
(テンセント) |
中国のネットサービスの大手。WeChat(ウィーチャット)というSNSチャットアプリが有名。ユーザー数は9億人以上。電子決済、ゲーム等も提供。 |
HUAWEI
(ファーウェイ) |
中国の通信大手。スマートフォン出荷台数は世界2位。
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RoadStar.ai |
車の無人自動運転のベンチャー。中国の複雑な道路に適応できるソリューションソフトも開発し、公道での実証検証も豊富。 |
BGI |
ゲノム解析サービスで世界最大級。 |
深セン空港 |
深センの中核空港、香港国際空港に並ぶ。 |
平安銀行 |
IT活用を強みとする大手商業銀行。 |
深セン証券取引所 |
1990年に取引開始し、現在では2,000社以上の企業が上場。 |
華僑北 |
秋葉原の30倍もある大規模電気街。 |
ファーウェイ、テンセント、BYD、DJIは、深センを代表する顔でもある。
ファーウェイは毎年1.6兆円(1,000億元)以上かけて、スマホや基地局や5G関連技術に投資している。従業員の平均年収は69万元(約1,100万円)と厚遇して優秀な人材を集めているとの中国メディア情報もある。
テンセントは、ゲームのソフトウェアで世界最大の会社であり、対話アプリ「ウィーチャット」(WeChat)は9億人以上の利用者を有し、さらに増加している。決済機能も備え、中国人の生活に欠かせないインフラになっている。ロボットや金融、不動産にも投資している。
BYDは電気自動車(EV)では世界1位。深センのバスの9割は電気自動車になっており、深セン市も電気自動車の普及拡大に税制優遇やガソリン車への課税増加などを行って後押ししている。自動運転も公道での実験が進展しており実用化が近いといわれている。
DJIはドローンの市場シェアでは世界1位。さまざまな用途で使えるドローンを提供している。深センのドローン輸出は中国全体の99.9パーセントにまで拡大した。ドローンの機能は、カメラ機能、宅配などの物流機能、人命救助、防犯機能、交通違反取締機能、農薬散布等農業支援、山林などの被害状況観測、各種測定機能など多くの機能を持ち、さらに幅広い活用方法が生まれていくと思われる。人間にとって役に立つ利用法に向けて規制が今後各国で検討されていくだろう。
人口1,500万人都市の深セン市
中国広東省の経済特区である深センは、香港に隣接しているという好立地もあり、1979年から鄧小平による改革開放により急速に発展してきており、若い人が多く、活気があった。深セン市の総面積は1,953キロ平方メートルであり、日本の東京とほぼ同じである。人口は、1979年当時は3万人ほどだったが、40年ほどで1,500万人に迫るほど急増し、人口密度はすでに東京を超えている。今も多くの若者が移住してきている。
深セン市は、北京市、上海市、広州市と共に、中国本土の4大都市と称される「北上広深」の一つであり、中国屈指の世界都市であり、中国本土では北京市、上海市、広州市に次ぐ 4位である。今も人口は増え続けており、20~30代が人口の65パーセントを占め、65歳以上の高齢者は全人口の2パーセントしかいない。広東省の省都・広州市からほぼ南南東に位置し、珠江デルタ地域に含まれる。香港の九龍半島の西側付根部分に位置し、塩田港など巨大なコンテナ港湾を有する。
40年で40倍の人口規模になった深センの発展スピードの背景には、鄧小平の改革開放の精神が息づいている。深センでは、「時間就是金銭、効率就是生命(時は金なり、効率は生命なり)」という言葉がよく使われるが、まさにスピードを重視した経営や効率性を重視して製品やサービスを作り上げ、成果を出し、そこからビジネスを広げイノベーションを作りだしていくという考え方がよくでていると思う。
深セン市では、電気自動車を普及・促進させるために、ガソリン車にはナンバープレートを当局に申請しても認可までに1年から2年待たされ、ナンバープレート代も相当高く払わなければならないという。逆に電気自動車はすぐにナンバープレートがもらえるという。
上場企業の時価総額合計額が全国トップ
深センの上場企業の数は、実際には383社あり、民間企業が占める割合が、85パーセントとなっており、時価総額合計は10兆元(約160兆円)で中国内トップになっている。世界500企業には、深センの上場企業が多く、発展の裏には、就業機会が大きい理由として、多くの若い人が深センに魅力を感じて、仕事を求めてやってくることが多い。
また世界トップ500企業の内、280社が深セン市に投資し、マイクロソフト、アクセンチュア、エアバスなどが、ここにイノベーションセンターや研究開発センターを置いている。多くのイノベーション型企業群が育ち、世界でも有数のハードウェアのサプライチェーン基地となっている。
華僑北商業圏(深センの秋葉原といわれる巨大な電気街)
「華強北」と呼ばれるエリアは、日本の秋葉原をまねて作ったといわれている。現在は秋葉原のおよそ30倍の規模の電気街となり、世界最大の電気商街になった。ここにはさまざまなジャンルの専門的な店が密集している。最先端のハードウェアはもちろん、電子部品からセンサーまで何でも揃う。
深センには、世界中からスマートフォンやPC関連商品などが集まり、この電気街には1万店舗以上の電気店・パーツ問屋が集中して、賑わっている。ここにはドローン、電子ピアノ、ITグッズ、各種センサー、スマホ、PC、スイッチなどが、所狭しと売られている。ハードウェア、つまりモノ作りに必要な部品などがここに揃っているので、試作品なども非常に作りやすい環境だ。また、圧倒的に若者が多い街なので、新しいものに対する順応スピードや、起業のためのコミュニティなどにも恵まれている。
深センは香港と隣接しており、ハイテクで経済が成長し、中国国内ではかなり裕福で、一人当たりのGDPが183,127元(27,123米ドル、292万円)になっている。北京や上海を上回る豊かさになってきており、深センの一地域とはいえ、台湾を上回り、韓国に近づいている高い水準といえよう。
アジアの1人当たりGDP(2018年、米ドル換算)
シンガポール | 64,041 |
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香港 | 48,517 |
日本 | 39,305 |
韓国 | 31,345 |
台湾 | 24,971 |
マレーシア | 10,941 |
中国 | 9,608 |
タイ | 7,187 |
フィリピン | 3,103 |
ベトナム | 2,556 |
インド | 2,036 |
ミャンマー | 1,297 |
出典:IMF-World Economic outlook Database(2019年4月版)を基に作成
写真は、ケンタッキーフライドチキンで、メニューをタッチパネルで注文するため、スマートフォンでやり取りしているものだが、顔認証をおこなった上で、テンセントの「ウィーチャットペイ」またはアリババの「アリペイ」のQRコードで決済を選択するようになっている。その後メニューを選び、最後にスマホで決済するが、あらかじめ登録していた銀行口座から引き落としになる。レシートが出てきて、それを取って、売り場に行って渡し、しばらくするとアツアツのフライドチキンが出てくる。受渡しだけは女性の店員がいて人間味を感じさせ、愛想よく仕事をしている。
この店では現金のお客は買えないような雰囲気があった。偽札が多い中国では、現金紙幣への信頼が薄く、紙幣を財布にたくさん入れて持ち運ぶのが大変なようである。
また深センでは、ガラ携は使われておらず、スマートフォンしか使えず、何でもスマホで決済する社会になっている。また顔認証で入れる中国系の無人コンビニエンスストアもある。セブンイレブンやファミリーマートなど日本のコンビニはまだそこまで追いついていない。
深センでは、公道での自動運転の実験が盛んであり、実験データも相当ある。それらを基にAIが学習しており、実用化が早い時期にできるとのガイドの話であった。電気自動車とともに、普及の速さが期待されている。
ネットサービスの大手のテンセントの本社ビル(深セン市内)
テンセントは、インターネットによる各種サービスを展開する中国の企業。1998年11月に中国深センで設立され、2004年には香港証券取引所に上場した。テンセントは、2017年5月末時点での時価総額が3,254億ドルで、世界9位にランクインする企業規模である。現在、中国の都市部ではあらゆる支払いでスマートフォンを使った電子決済が主流である。
支払いの景色を変えたのはアリババのスマホ決済サービス「アリペイ」とテンセントのスマホ決済「ウィーチャットペイ」。観光客が足を運ぶ土産物屋やレストランはもちろん、中国の人々が普段利用している八百屋や肉屋でも使える。都市部ではほとんど現金の人民元はなく、スマホ決済が普及している。今や、「ウィーチャット」の利用者数は9億8,000万人。電子決済、ゲーム、動画配信などあらゆる機能を兼ね備えた中国人の生活基盤になっている。スマホゲームの「リーグ・オブ・レジェンド」や「オナー・オブ・キングス」は世界各国で大ヒットしており、テンセントのゲーム事業の収益は任天堂、ソニーを抜いて世界一である。
2018年1月17日、中国のネットサービス最大手「テンセント・ホールディングス(騰訊)」が、株式時価総額で米フェイスブックを抜き「世界5位」に浮上した。テンセントの時価総額は昨年11月、アジア企業として初めて5,000億ドルの大台を超え、一時的にフェイスブックを超えたが、その後すぐ抜き返された。それが再び4.2兆香港ドル(約5,900億ドル=約64兆5,500億円)に達して抜き返した。
深センは2035年までに世界一のイノベーション都市を目指せるか
中国政府の広報によると、深セン市の基礎科学研究を強化し、イノベーション力を加速させるための「深セン市テクノロジー強化法」を発表した。これをもとに、2035年までに世界一のイノベーション都市になることを目指している。(2019年1月「Whitehole Asia」ご参照)
「深セン市テクノロジー強化法」の方針によると、まず2022年までに深セン市を基本的な現代化・国際化のイノベーション都市にすることを目指している。具体的な指標としては、科学技術で全国をリードし一部の技術産業で世界ランクに入り、研究開発費はGDPの4.28パーセント、基礎研究費をR&Dの4.1パーセント、戦略新興産業の増加値はGDPの40パーセントを達成させる。
2025年には技術産業は世界のトップランキングに入り、技術力は世界のミドルからハイランキングになり、中国全国の技術産業発展のエンジンになることを目指す。指標として、研究開発費はGDPの4.5パーセント、基礎研究費をR&Dの5.0パーセント、戦略新興産業の増加値はGDPの42.4パーセントに達成させ、2035年には、世界のイノベーションセンターとなり、技術産業は世界のトップを目指すとしている。
この目標を実現するため、5つの分野から進めていく必要があるが、具体的にはプロジェクト管理体系、科学研究組織体系、実験室体系、人材奨励体系、科学技術協力体系である。これらの実現に向けて、政府と企業のコラボレーションがますます重要になってくると指摘している。
深センは今後、ロボット、ドローン、EV、AI、5G、自動化、医療、ウエラブル端末などの戦略的産業に行政の手厚い支援(土地、資金、税制、人材、販売等)で官民一体となって、取り組んでいくと思われる。
中国経済や深センの成長の行方
中国経済は、消費が経済成長を支える構造に既に移行している。石炭、鉄鋼、セメントなどの過剰生産能力解消を進めると共に、ハイテク分野でイノベーションを起こし、産業構造の転換を進め、製造業分野でも技術の高度化の実現に向けて「中国製造2025」方針を定め、推進している。
「中国製造2025」の重点分野には、次世代情報技術、ロボット(工作機械用など)、航空機・宇宙、海洋エンジニアリング、高速ライトレール、省エネ・省エネ自動車(電気自動車開発等)など、重点的に官民一体となって進めている。その象徴がここ深センの多くのハイテク企業の躍進とスタートアップ企業への支援である。
歴史的に見て、戦争や紛争は、19世紀までは領土を巡る争い、20世紀は資源を巡る争い、20世紀後半は金融を巡る競争だったが、21世紀はデータ支配をめぐる競争(争い)となっている。今やデータは最も重要なリソースであり、中国はファーウェイのような企業を育成して、第5世代の通信規格である5Gを駆使しているが、今後の中国経済や深センの動向には不透明な部分もある。
中国の経済的にも大国になり、国際社会への責任も重くなってきているが、深センの驚異的な発展ぶりを見ると、中国政府と民間企業とで一体となったハイテク分野での技術開発がものすごいスピードで進んでいることを実感した。香港も分野によっては深センに抜かれているものが多くある。サービスの質など全体では、まだ香港のほうが、一枚上で洗練されていると思うが、いずれ追いついてくると思われる。日本も環境技術などまだまだ優位に立っている分野もあるが、ドローンやAI、次世代通信分野など中国の技術は急速に進んでおり、分野によっては中国の方が先に行っており、中国の技術や国家戦略から目が離せないことを痛感した。
中国は官民一体で起業家を支援しており、技術立国日本は冷静に今の立ち位置を確認し、対処していかなくてはならないと、危機感を強く持った。
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