NTT DATA Trusted Global Innovator

NTTデータ ルウィーブ株式会社

世界の街角で見た文化・歴史

【第7回】 香港の食文化 「食べることは幸せ」に触れて

ビクトリアピークからのおなじみの眺望
レストランに行って皆でワイワイ食べて楽しく幸せになる

香港人は、「食得係福」(食べることは福につながり幸せである)という考えをもっている。皆で中華の円卓を囲みワイワイと楽しく話しながらおいしい料理をじっくり味わうことは至福の時間であるという。おいしい料理でも食べ終わればそれで終わりではないかという人が日本人にいるが、香港人は、おいしい料理は長く記憶に残り体が覚えているという。だから、家族の記念日やお祝いや友人などとの宴会ではおいしい中華のフルコースを食べるという。

私は香港に赴任するまで、昼食は時間が来たので機械的に食べ、夕食は残業の合間にさっと済ませ腹を満たす程度だった。日本では仕事の忙しさもあって、毎日の食事をゆっくり楽しむ心の余裕が無かった。香港に赴任して、それは人生の楽しみや幸せを無為にしていることだと気づき、忙しくても食事の時間を大事にするようになった。「食得係福」は私にとってはカルチャーショックだった。香港で6年間香港人と一緒に仕事をし、生活する中で、香港人の食に対する考え方に大いに刺激を受け、また中華料理の奥の深さを知ることができた。

香港人は昼前のあいさつでは「こんにちは」の代わりに「吃飯了馬」(もうご飯は済みましたか?)をよく使い、まだであれば一緒に食べましょうという意味が込められている。仕事や人間関係を円滑にするために食事を一緒にしましょうというのは世界共通である。

香港人も、食べるなら単においしいだけではなく体に良いものを食べようと「医食同源」を基本としており、消化によく体を温め、栄養のバランスが取れたメニューを選んで食事をしている。だから冷たい料理よりも温かい料理が多く、肉と一緒に野菜を必ず食べることがごく自然にできている。中華料理は脂がしつこいと言われるが、きちんとした中華レストランでは油は動物油ではなく落花生油を使い、高温でさっと炒めたり、さっと揚げたりする。中までは油が染みていないので、しつこくなくフレンチよりもカロリーが低いと言う。それに中国茶と一緒に食べれば余分な油は分解して流してくれると言う。

香港の中華料理は、その味や種類の豊富さにおいて世界一と言っても過言ではないと思っている。香港人にその理由を聞いてみると「食材がアジアから豊富にそろうこと、料理人のレベルが高いこと、香港人の舌は肥えておりレストランの競争が厳しいこと」を挙げていた。まさに「食在香港」である。

一口に中華料理と言っても多くの種類があるが、大別すると5種類ある。
広東、上海、北京、四川、潮州料理の5種類である。

白身魚(ハタ)としょうがのチャーハンは絶品

まず広東料理は、エビ、カニ、ふかひれ、アワビ、ホタテや魚など海鮮や肉や野菜など素材を生かした料理で、味付けは薄く種類が豊富である。広東料理は香港でさらに開花したといえる。魚料理ではハタ(ガルーパ)の姿蒸しが有名で柔らかい白身とネギとしょうゆと魚の汁が混じりおいしい。点心である飲茶(ヤムチャ)も広東料理でありその種類は2,000以上もある。
上海料理はしょうゆ味が多く、揚子江下流域が米どころであったこともあり、おこげ料理や田うなぎの炒め物、小龍包(ショーロンポー)、上海蟹、乞食鶏(叫化鶏)などが有名である。日本でよく食べる中華丼は上海の南の福建省の福建炒飯がオリジナルである。
北京料理は宮廷料理でもあったので珍しい料理も多い。北京ダック、羊肉のしゃぶしゃぶ、熊の掌(てのひら)、らくだのこぶ、子豚の丸焼き、水餃子などが有名で肉料理が多く味付けも濃い。
四川料理は揚子江上流の内陸部で保存に苦心し、さまざまな香辛料を使ったものが多い。麻婆豆腐、棒棒鶏(バンバンジー)、担担麺、魚香茄子(なすの四川風辛み煮込み)、酸辣湯(サンラータン)、乾焼蝦仁(エビのチリソース炒め)、青椒肉絲(チンジャオロース)などが有名である。
潮州料理は、広東省の南で発達し豊富な海産物があり、広東料理よりも薄味であっさりしていて日本人の口にも合いやすい。氷で冷やした蟹を香酢で食べる潮州凍蟹、潮州粉果(蒸し餃子)、鶏ひき肉の裏ごしとほうれん草の裏ごしのスープ、白魚のあっさり揚げ、鶏・しいたけ・たけのこのミンチを卵白で包んだあんかけ、ツバメの巣スープなどが有名である。

香港には広東料理のレストランが最も多いが、上海、北京、四川、潮州料理など他の中華料理の店もすべてそろっており、店も多くひしめき合っている。
また昼食の飲茶では、焼売(シューマイ)、春巻、餃子、又焼包(チャーシューパオ、チャーシューを小麦粉の生地で包んだもの)ちまきなど、珍しい点心がワゴンで運ばれるのも大きな楽しみである。
中華料理の奥の深さは、料理の種類が多いだけではなく、調理の方法も手が込んでいたり、うまく組み合わせたりしており、それが料理の名前に表れている。例えば「揚げる」は日本ではこの字だけだが、中国・香港では「炸」と「爆」の2種類がある。「炸」はたっぷりの油でしっかり揚げるもので、「爆」は高温の油でさっと揚げるのである。また「炒める」は調理の基本であるが、炒めたあとに煮汁で味を含める調理法を「焼」、炒めたあとにとろみあんを絡めるのが「溜」、炒めたあとに土鍋で煮込むのは「堡」というように多種多様であり、メニューを見れば調理法が分かるようになっている。メニューに「腰果炒肉丁」とあれば、「腰果」はカシューナッツで、「肉」は豚肉、丁はさいの目切りを表すので、「さいの目切りの豚肉とカシューナッツの炒め物」となる。

私が香港で食べ記憶に残る料理は数多くあるが、その中からいくつかご紹介したい。

パパイアの中にふかひれスープを入れて蒸した料理(日本の白金亭にて撮影)

まずは、「パパイアの中をくりぬいてそこにふかひれやダックやシイタケなどが入ったスープを入れて蒸した料理」である。この料理は組み合わせのアイデアがまず素晴らしく、さらにパパイアの甘酸っぱい果肉を削り取りながらふかひれスープを食べると口の中で味が溶け合い、絶妙のハーモニーである。今でも初めて食べた時の感動はよく覚えている。香港のフードフェスティバルで大賞を受賞したというのもうなずける。
香港の周中料理長が創作した料理でハイアットリージェンシー香港の凱悦軒(ホイエツヒン)の看板メニューであった。周中料理長は医食同源をベースに広東料理の中に西洋のエッセンスを取り入れ、油を抑えつつヘルシーで繊細な調理法でヌーベルシノワ(新中国料理)を切り開いた。現在日本でも周中料理長が総料理長をする白金台の「白金亭」でこの料理を食べることができるのはうれしい限りである。
こうしたおいしい料理を食べると本当に幸せな気持ちになれ、人にも薦めたくなる。そうしたメニューとの出会いやおいしく食べられる健康な体に感謝して食べたい。

アワビ料理で有名な「富豪酒家」の看板

二つ目はアワビ料理である。アワビで有名な「富豪酒家」は香港で天下一品である。アワビの研究を長年続け試行錯誤を繰り返しついにアワビ料理の傑作品を作ることに成功したという筋金入りの店である。オーナーに聞いてみるとアワビは日本産の岩手県産が良質だという。秘伝の調理法は乾燥アワビをまず14時間水に浸す。その後14時間かけて鶏と豚肉などと一緒にじっくり煮込み、さらに中華ハムと一緒に4時間煮込む。そして特性の調味料を加えて味を調え、最後はたまりじょうゆで味付けをする。こうして手間暇をかけアワビ本来の味を最大限に引き出してお客に提供している。このアワビ料理を食べた時、まず目で形や色具合などを鑑賞してから、ナイフでゆっくり切って口に含んだ。じわっとアワビの芳醇(ほうじゅん)な香りと海の幸の味が広がった。秘伝のたれにアワビのエキスがよく染み出ている。付け合わせのアワビのたれで煮込んだナマコも絶品であった。ナマコは中国や香港ではヘルシーで高級な食材である。また湯でさっとゆでたレタスの付け合わせもアワビのたれにつけて食べるとこれまた絶品に変わってしまうほどおいしかった。
海外からも多くの人がここにアワビを食べに来るという。店の掛け軸には次のように書かれてある。「富豪鮑魚、其味無窮」(富豪酒家のアワビ、その味は無限である。)

三つ目は上海料理の乞食鳥で、日本ではあまりなじみのない料理だがこれも記憶に残る料理だった。杭州地方の名物料理でもある。乞食鳥とは鶏の腹をくりぬき、しょうが、シイタケ、ネギや野菜を詰め、しょうゆ、紹興酒、氷砂糖や調味料を入れ、鶏を丸ごと蓮の葉でくるみ粘土で周りを固め蒸し焼きにしたものである。由来はその昔貧しい男が農家の鶏を盗んで蓮でくるんで土の中に埋めて隠し、たき火をして半日後に取り出したら蒸し焼き状態になり香り豊かな美味になっていたという話からきている。オーブンでじっくり蒸し焼きにするので手間暇はかかる。お祝いの席などで主賓が窯から出した粘土を木づちで割るセレモニーによく使われる。(日本の鏡割りの儀式に似ている。)粘土を取り除き、蓮の葉を取ると香(かぐわ)しい香りが漂う。柔らかくなった鶏肉がジューシーでおいしい。ネーミングも乞食鶏ではお祝いの席に不似合いなので富貴鶏などと変えているレストランも多い。上海料理や広東料理の店で提供しているが、調理に時間がかかるので予約制となっている。


豚肉のミートボールと野菜の土鍋料理

四つ目は香港の「太湖海鮮城」という広東料理の店の「豚肉のミートボールと野菜(シイタケ、たけのこ、白菜など)と干し貝柱の土鍋煮込み料理」である。
豚肉をミートボールにしたものがライオンの頭に似ていることから「獅子頭」と呼ぶ。豚骨スープに中に獅子頭と野菜がたっぷり入っていて、豚肉のおいしさを存分に引き出していて箸が進む逸品である。この料理はその後香港のグルメコンテストで金賞に輝いた。

五つ目はチャーハンで、数多くあるチャーハンの中で「太湖海鮮城」の「姜米鮮魚炒飯」というしょうがと塩味をやや効かせた白身魚(ハタ)のチャーハンは、しょうがが良いアクセントになっている。塩味の白身魚が卵や野菜とマッチしていてしつこさが無く、お代わりを3回もしたほどのおいしいチャーハンだった。これも香港のグルメコンテストで金賞に輝いている。

最後はツバメの巣のスープである。美容に良いと言われているツバメの巣とは海ツバメの唾液であるが、海草やのりの味がする。ツバメの巣は岩山の天井や断崖にあるので、取るのも命がけであり、縄ばしごから落ちて命を落とすこともあるので貴重品であり価格も高い。ココナツの汁の中にツバメの巣を入れデザートなどにして食べることが多い。高価なツバメの巣はめったに食べられないと思っていたら、今では香港のスイーツのチェーン店である「許溜山」のメニューの中にアイスクリームの上にマンゴーとツバメの巣を乗せているのがあり、注文してみると量は少ないが確かにツバメの巣であり、味ものりの味がした。この店は若者に人気があるが、ツバメの巣を庶民にも手が届くようにした功績は大きいと思われる。



香港島の高層ビルが林立する金融街

香港のレストランは夜11時を過ぎても多くの人が活発に議論していたり、談笑していたりと老若男女、どのテーブルも満ち足りた顔で一杯である。
香港の中華料理も伝統を生かしつつ、現代風にアレンジしたり、洋食や日本食の食材を採りいれたりして新しいおいしさを追求している。なにしろ香港の食文化は「食得係福」なので、料理への力の入れ方がものすごいのである。香港人にとってヘルシーでおいしいものを食べることは、また明日から仕事や生活をがんばろう、新しいことに挑戦しよう、明日から前向きに考えてやっていこうなどと元気が出る活力の源泉になっている。
私たちもヘルシーで手ごろなおいしい中華料理を皆で楽しく頂くことで、感動・感謝し、まず身近なことから幸せを感じて、つらいことがあっても元気を出して前向きにしぶとく生きていきたいものである。


※ 記載内容は、掲載日現在のものであり、お客様の閲覧日と情報が異なる場合があります。