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オランダよ何処へ?

【第4回】 オランダ人大衆層の倫理性

前回はオランダのリテール企業「AHOLD」を具体的な例に取りながら企業人の倫理性に触れてみた。今回は公平の立場より、企業人や社会のトップにいる人達の反対側にいる、普通の人達や雇用されている人達の倫理観、乃至はモラル観といったものに、報道されている記事やTV番組の幾つかを選び紹介しながら、焦点を当ててみたい。

ケース1:「公私のけじめ」

2005年2月5日の新聞は、「先週アルクマール市の消防団員6名が同市所有のまっさらの消防バスを駆ってオーストリアへスキー・バカンスに行っていた」と報道した。同市のスポークスマンは、「個人の行楽目的に市の所有物である消防車やバスを使用することは一切認めていないし、また該当団員の方からは消防バスの使用許可も出されていない。事情の詳細を早急に調査の上、厳重に対処する」とコメントしたが、市消防団の最高責任者である市長もこの出来事については全く知らず、また過去に市の所有物の私用が認められていたのかどうかについても回答出来なかった。ただ往復のガソリン代は6名の団員が自弁した模様。この事件は、たまたま同じスキー場でバカンスを楽しんでいたオランダ人のスキー行楽客が、アルクマール市消防団のロゴが付いた消防バスが場違いなスキー場の駐車場に止まっているのを不審に思い、その場でアルクマール市に電話を入れて照会したため発覚した。なおこの消防バスには車上にスキー・ラックが取り付けてあった由。
ルールがあっても守らず、チャンスがあれば前後の見境なく、自分の立場や行為の結果についてよく考えることも無く、好きなことを思うがままにやってのける、というのがこの国のかなりな数の人達の風潮になってしまっているようである。

ケース2:「地方での小さな出来事」

2006年3月25日の新聞報道によれば、オランダ北ホーラント州にあるプッテン町の住民リフェストロー氏は、家庭ごみ(マーガリンの空箱)を自分のコンテナーに入れて町のごみ集配車に持っていってもらう代りに街角のごみ箱に捨てた、という容疑でパトロール中の警官に捕まり、書類送検のあと罰金75ユーロを支払わされることになった由。
警察の言い分は、「市の条例で街角の公共用ごみ箱には家庭ごみを一切捨ててはならないのに、この住民は家庭ごみを持ってきて捨て、しかもそれを目撃した証人もいるので当然の処置」というものだが、これを本人に言わせると「自分は道に落ちていたマーガリンの箱を美化の観点より拾って公共のごみ箱に入れただけ。街角のごみ箱はまさに落ちているゴミを拾って捨てる目的の為にある筈。それをもって規則違反というのはおかしい。しかも自分はこのブランドのマーガリンは全く食べない。だからその箱を家から持ってきて捨てる筈も無い。証人がいるといっても、自分が何を街角のごみ箱に捨てたかは、その証人なる人が側にいて常時じっと見ていた訳ではないのだから、正確なところは分からない筈」と反論し、「警察の罰金措置は不当であり、原理、原則の問題として自分は絶対支払わないし、出るところへ出てとことん闘う」と息巻いている。
警察の言い分が正しいとすれば、リフェストロー氏は、家庭ごみが1個のコンテナーでは間にあわないほど沢山出るにもかかわらず、二個目のコンテナーに支払うべき税金をけちって手配せず、余ったごみは家庭ごみが禁止されている公共のごみ箱にこっそり捨てる悪質な違反者ということになる。町警察はこの処罰を正当化する為に、証人探しや証人尋問にもかなりな時間を費やした由。
逆に警察の言い分が正しくない場合には、田舎の警官が規則を杓子定規的に解釈し、自分の面子を保とうとする結果、違反の内容にそぐわぬ意固地で大袈裟な対応をしている訳で、善良な市民が根拠の無い不当な罰金を課され大いに迷惑を蒙っている上に、証人探しや証人尋問に多くの時間を費やし、税金を無駄に使っていることになろう。
新聞によれば、町警察の指揮権を持つ町長、そして担当助役は警察を擁護する立場を取っているらしいが、果してどういう結果になったのであろうか?その後この件に関する報道がないので(筆者の見落としかもしれないが)、どんな結論が出たのかは分からないが、それにしてもたかがマーガリンの空き箱をごみ箱に捨てただけのことでこんな大袈裟なことになるとは、法に忠実な几帳面さの発露と言うべきか(オランダ人は確かにこういう一面を持ち合わせている)、はたまた理屈に合わぬ罰金は1セントたりとも払わないという金に厳しいオランダ人特有の性格の表れと言うべきであろうか?

ケース3:「オランダ軍人のモラル」

オランダ海軍の1991年に就役したフリゲート艦「チェルク・ヒッデス号」は、同艦のほぼ最期の役目として2005年後半の約四カ月にわたり、イラク戦争での英米支援のためガルフ湾海域で哨戒の任務についた。乗組員の数は約180名で、このなかには女性乗組員も十数人含まれていた。
2005年の年末に、オランダ憲兵隊がこのフリゲート艦を検閲した折、艦内にコカイン数キロが見つかり、3名の乗組員が不法所持ならびにドラッグ売買の容疑者として逮捕される事件があった。この逮捕事件に先立ち、本艦はガルフ湾海域での任務に就いていた訳だが、その任務期間中にセクハラ事件が起こり、被害者の18才の女性水兵が帰国後、兵員労働組合の支援を受けながら国防省担当部局に訴えて出、これがマスコミに漏れて、2006年3月にオランダ海軍の不祥事として大々的に表面化した。
これ以前にも、オランダ海軍の艦船(大抵の場合、哨戒任務に適したフリゲート艦)が、独立統治ステータスは持っているものの、依然としてオランダ海外領土の位置付けになっているカリブ海のアンティル諸島や、既にオランダからの完全独立を果たしているシュリナム国などとの協力の一環として、カリブ海域哨戒にあたる任務で派遣された折に、乗組員によるドラッグ売買の問題が発生し、「オランダ海軍軍人がドラッグの売人や運び人になっている」といった類の報道や、さらに遡って、陸軍の海外派遣隊にまつわる各種不祥事の報道がなされたことが過去10年間に何度もあった。
ガルフ湾海域でのセクハラ事件に関する被害者の主張は当地紙報道によると、(1)一緒に任務についている先任兵員とその同僚が彼女と顔を合わせると、勤務時間中でも必ず性的内容の話を持ち出す、(2)女性兵員専用の寝室キャビンは、当然のことながら男性立ち入り禁止地域だが、夜になると男性兵員のグループが侵入し、寝ている女性兵員の身体に触り撫で回す行為に及ぶ。特に港に停泊し、上陸・飲酒許可が出ている時が、酔っぱらったり、ドラッグを吸引していたりしてひどい、(3)大抵の(慣れた)女性兵員はそのような男性兵員を適当にあしらう対応をしているが、該当女性水兵はそれに耐えられず、士官や最後には艦長に直訴して「是正されない場合には帰国次第、規律、懲戒担当部局に訴える」と正式に申し入れても真面目に相手にされず、むしろ男性兵員の肩を持つ対応しか示さない、(4)それに加えて艦長に直訴したことはプライバシーに係る秘密の筈なのに、そのニュースが直ちに艦内に知れ渡り、その結果、任務遂行の都度、先任の男性兵員から貰わねばならない任務遂行を証明する署名が貰えず(その男性兵員がセクハラ容疑者の一人)、署名がないと本国での彼女の勤務評定がマイナス評価となって解雇の理由にもなる、(5)艦内での配置換えを願い出ても、航海、就役中は認められなかった、(6)哨戒任務が終りに近づいた頃、艦内のプレッシャーに耐え難くなった女性水兵は、艦長に提出した正式な訴えを取り下げ、状況改善を図ろうとしたが、先任兵員からは依然署名が貰えないままオランダの母港に帰着。その直後、「署名が欠如しているので任務不履行」という理由で解雇を申し渡された、というものであった。
この事件はマスコミで『ソドムとゴモラなみのフリゲート艦』という芳しからぬ見出しのもとに大々的に取り上げられたのみならず、労働組合も不法解雇のケースとして国防省にねじこみ、最終的に女性水兵は職場復帰を果たすことが出来たが、その後、同艦内や監督する立場の海軍組織内でどのような措置(特にセクハラ容疑者や艦長、士官などに対して)が取られたかは、海軍としてコメントを拒否しているので不明のままである。
しかしこの事件を契機として、省内政治責任者の国防省政務次官が調査委員会を構成し、同時に専任将官を任命して「軍人行動規範」の見直しに着手し、つい最近「改訂行動規範書」が政務次官宛に提出された。海軍のみならず、オランダ全軍の規律、行動基準を厳しくして、セクハラ、ドラッグなども含め全ての不祥事を軍から一掃するというもので、例えば以前は艦内でほぼ四六時中放映されていた(と新聞には書き立てられた)ポルノも取り止めとなり、今後は勤務時間外のみ個人的になら見ても良いということになったらしい。今回の規律の厳格化が果して思うような効果を生み出すかどうかは今後を待つしかない。堅苦しい秩序や組織、そして厳しい上からの命令に反感を示しがちな若い世代がそれをすんなり受け入れるかどうか、正直なところ疑問なしとしない。
最近は職業軍人、特に下の階級層の軍人のなり手が激減して、軍隊が如何に魅力的なハイテック職業の、自分の懐が痛まない訓練の場であるかをテレビ広告で強調しながら募集しているだけに、規律を厳しくしてどんどん辞められると困るのは軍そのものだからである。それに加え、オランダの社会全体で余りにも寛大な自由奔放さが謳歌されすぎて、「全て許容され、『ねばならぬ』ことは何も無い」(“Alles mag, niets moet”、英語でなら [All may be allowed, nothing is a must]とでも言えるであろうか)という考え方が、言わば一般民衆の判断基準になってしまっていることも、疑問の理由として挙げられると思う。

ケース4:「銅盗人」

ロダンの「考える人」を含め7体の銅像が盗まれたシンガー美術館の正面玄関。
盗まれた銅像が展示されていたシンガー美術館の庭園。
盗人たちが侵入してきたと思われる、庭園に通じる通用門と通用路。
シンガー美術館の庭園。ほぼ中央正面の石段の左手すぐ側にある石台に「考える人」は載っていた。
シンガー美術館内の掲示板に張り巡らされた、銅像盗難を報道する各紙の切り抜き。
深い傷を顔に残された「考える人」のドラマティックな報道記事の切り抜き。

昨年、銅の相場が国際市場で大きな変動を見せた。2006年初めの銅の市場価格は1,000キロ当り約5000ドルであったものが、3月から4月にかけて約8500ドルのピークに達したが、2006年後半の夏から秋にかけて7500から8000ドルのレベルに下がり、冬場にはそれがさらに落ちて事件の起きた1月半ば現在、一年前のレベルに近い5600ドル程度となっている(古銅1キロ当たりのオランダでの買取り価格は、事件当時の値段で約4ユーロ程度)。直接的な高騰の原因は、中国やインドなどアジアでの需要が供給量を大幅に超えたことにあるらしい。
この事情を反映してであろう、2006年初め頃から工事現場や建材のストックヤードから銅線や電線、その他の銅材の盗難、そして鉄道路線の架線や銅製機材が盗難にあうケースが頻繁にマスコミで報道されるようになった。「金属回収協会-MRF(Metal Recycling Federation)」という回収業者160社の集まる全国団体があるが、ここに寄せられ、さらに会員企業に伝えられる銅材盗難の件数は昨年数百に及んだ由。
また「鉄道警察」に届出のあった長さ数十メートルから最高450メートルにものぼる架線、そして軌道に使われる銅製機材の盗難件数は2006年9月末時点で91件にも及んでいるとのこと。鉄道架線には、1500から時には3000ボルト近い高圧電流が流れているだけに命の危険を冒しての盗みであり、感電して焼け焦げにならずに盗む為には、電気に関するかなりの知識が要求される。この頻繁に起こる盗難により「オランダ鉄道会社(netherlandsse Spoorwegen - NS)」は、新たに掛かる資機材の購入経費のみならず、架線修理工事のコストや列車が不通になって生じる運行時間のロスなども含めると、甚大な損害を蒙ることになる。また架線が断ち切られて列車が止まり、それを修理する間、列車は不通になっているので、数多くの乗客が足留めをくらい多大な迷惑を被っている。
特定の地域に限定されることなく全国規模で発生している数多くの盗難事件の「犯罪プロファイル」を目下警察は作成中の由だが、全国にまたがる組織的な犯罪との確信は得られておらず、地方紙に報道される数多い個々の盗難事件の内容より、個人レベルの泥棒がそれぞれバラバラに各地で盗みを働き小金を稼ごうとしている節が強い。

ついこの間1月18日の当地紙のトップを飾る出来事として、アムステルダムの東約30キロ、ラーレン(Laren)という町にあるシンガー美術館(Singer Museum)の庭園から合計7体の銅像が16日から17日にかけての深夜に盗まれた事件が報道された。盗られた銅像の中には世界的に有名なフランスの彫刻家オーギュスト・ロダンの「考える人」(推定時価100万ユーロ以上)の銅像も含まれていた。
ロダンは、(結局は実現されなかったが)パリに建設される予定であった「装飾芸術美術館(Decorative Art Museum)」用の入り口として、先ず「地獄の門」と名付けた青銅製の門をデザインし、その一部として上部中央正面に位置する「考える人(Le Penseur)」を1880年に制作した。この「地獄の門」はダンテの「神曲」にインスピレーションを得たもので、「考える人」は瞑想するダンテを象徴しており、「詩人」とも別称されている。この銅像は1922年に足座ともども現在のロダン美術館(フランス)に運ばれ、今もその庭園で瞑想している。このオリジナルの銅像のモールドを使ったり、スケールアップしたモールドを新らたに制作した後に、オリジナル塑像として鋳造された銅像の数は20体以上にも昇り、全世界に散らばっている。(日本では東京国立博物館 [松方コレクション] と京都国立博物館がそれぞれ所蔵している。)シンガー美術館の「考える人」も1880年制作のモールドから鋳造された塑像であった。シンガー美術館は、アメリカ、ピッツバーグの鉄鋼王シンガーの息子でアートコレクターでもあったウィリアム・シンガーが、妻のアンナと共にオランダに 1901年に定住し始めて暫らく経った1911年に建てた邸宅につなげて、美術館の部分を1930年代に増築したもので、それを記念して作らせた塑像が今回盗まれた「考える人」である。
話を元に戻そう。犯人達は庭園に通じる鉄製の門を(恐らく小型トラック型の)車で突き破って押し入り、重い石台に固定されている銅像7体を力づくで取り外した後、持ち去った。また同じ夜にはラーレンの町からさほど離れていないスースト(Soest)の町にあるギャラリーの野外展示場から複数の銅像が盗まれたが、同じ犯人による仕業かどうかは判らない。 1月20日に美術館盗難事件の容疑者二名が逮捕されたとの報道がなされ、さらに21日の朝刊紙には「考える人」の銅像のみ見つかって美術館に戻されたとの記事が掲載されたが、新聞の写真を見るとロダンの傑作は何とも無残な姿に様変わりしていた。足の片方(右足の膝下)が既に切り取られ、頭蓋の部分が切り離され、銅像のあちこちに電気金ノコで切れ目が入れられ、銅像を溶かすに際して作業しやすいようにということであろうが、断片に切断される直前の状態になっていた。美術館は直ちに修復に出したが、損傷の度合が余りにもひどいので、元通りになるかどうか、そしていつ出来上がるかも全く分らないとのことである。
警察や美術館の発表では、100万ユーロ以上の価値をもつ美術品としての銅像の盗みが目的ではなく、溶かした銅をたかだか数百ユーロで売ろうとしての犯行であることは、銅像につけられた傷痕より明らかとのことである。全部で7体の銅像がシンガー美術館から盗まれた内、戻ってきたのは「考える人」のみで、あとの6体はまだ見つかっていない。それぞれが美術品としての価値の高い銅像の由だが、既に溶かされ処分されてしまったのかもしれない。
この盗難に先立ち、1月に入ってから数多くの銅像が盗まれる事件が相次いでいる。ユトレヒト(Utrecht)、アムステルダム(Amsterdam)、ヒルフェルスム(Hilversum)の三都市を結ぶ三角の高級グリーン地帯に所在する公園や邸宅、ギャラリーから盗まれたもので、それぞれ6日、10日、12日に合計14体もの銅像が盗まれた。
たかだか数百から、どんなに高く見積もっても数千ユーロの程度にしかならない小金欲しさに、金銭には換えられぬ文化遺産を臆面も無く持ち去って破壊したり、鉄道という公共資産に属するものを掠め取って一般市民を危険に陥しいれ、自分さえ良ければ人に多大な迷惑を掛けても構わないとする利己的なメンタリティーは、少なくも40年前のオランダでは見られなかった現象で、まさに近年の「時代の産物」と言えるのではないかと思う。

ケース5:「運転マナー」

オランダ人の運転マナーについては「ひどい」の一語に尽きる。車の後ろにぺったりの「くっつき魔」、強引な「割込み屋」、ウィンカーがどこに何の為に付いているのかも知らないかの如く方向指示を一切出さず車線を右往左往した挙句、右側の走行車線から追越しをかけるドライバー、かと思うと左側の追越し車線のみゆったり走る人、ハイウェーの出口すれすれのところで追越し車線からすごいスピードで鼻先をかすめ右側の出口に走り去る「特攻隊ドライバー」、などなどの乗用車ドライバーのみならず、乗用車など歯牙にもかけぬトラックの運転手たち。
1月25日付け日刊紙の読者の欄に次のような記事が載っていた。

最近またトラック運転手の路上での振舞いに対する苦情が増え、彼等の我が物顔の、独りよがりな運転スタイルに対する苛立ちが極めて大きくなっている。しばしばハーグに車で来る用事のあるベルギー人のヘリッツェン氏は『オランダではほとんどのトラックがスピード制限を守らず、制限値を越えて走っている。追越すときは方向指示も出さないし、乗用車がすぐうしろまで来ているのを無視して強引に割り込む。その結果うしろから来ている乗用車は思い切りブレーキを踏まなければならない。オランダの政府機関は一体いつになったらこの連中を取り締まってくれるのであろうか?』と嘆いている。
またオランダ人のストライク氏もトラックの追越しに辟易している一人で、こう書いている。『追越し禁止が表示されているハイウェイでのトラックの追越しが最近特にひどくなり、トラック運転手はほとんど全員がこの禁則を無視している。その結果、自分の後ろに長い車の列が続いても一切気にせず、すでに制限スピードを越えて走っている別のトラックを時間を掛けて追越していく。政府は、本当に環境を改善したい意思があるのなら、禁則無視のトラックを徹底的に取り締まるべきだ。トラックが左側の追越し車線に割り込むことによって、たちまち10数台の乗用車が急ブレーキを余儀なくされるが、それにより数多く生じる渋滞現象のみならず、追越しのあと乗用車全てが再びスピードを上げるべくアクセルを踏み込むので、不要な燃焼ガス=CO2が余分に放出されることになる。』

筆者の経験では、規則を無視するトラック運転者を追越し間際に見てみると、大型免許を取ったばかりのような感じの若い運転手が圧倒的に多い。トラックの搭載馬力が大きくなったと同時に操縦性も大いに改善し運転が容易になったことで、うしろに積んだり引っ張ったりしている貨物のことなど余り意識せずに、恐らく乗用車と同じ感覚で運転しているのであろう。あるいは追越しの途中で万が一うしろの乗用車がぶつかってきても、壊れるのは乗用車だし、保険規定上は後からぶつかる方が悪いのだから心配ないとの気持が働いているのかもしれない。またこれは年配の運転手だが、運転中に片手でコーヒーを飲みながら運転しているのを何度か見たことがある。さらには、運転中に片手でコーヒーメーキングをしていた折に前の車が急ブレーキをかけ、それに合わせてのブレーキが間に合わずに追突したとか、ひげを剃りながら運転していて注意散漫となり、事故を起したなどの記事を以前に何回か読んだこともある。こういう現象や、乗用車の運転者も含めての運転マナーを見ると、運転者としての安全に対する責任感が消えて無くなって、自分がしたいがままに勝手な運転を行っていると思えてならない。
同じ1月25日の夜のテレビニュースで、好景気と失業者数の減少のせいでトラック運転手のなり手がほとんど無く、このままではオランダの運送業界にとって大打撃となるので、職業教育中等学校で若者をリクルートし、運転手になる為の特別講習を組んでいることが報道された。人手不足のため運転手の給与コストも急増し、その結果近い将来運賃に影響が出てくる筈、とのことでもあった。
約一年前からしばらくの間、オランダの運送業界がポーランドを始めとする東欧の運送会社の「オランダ侵略」に警告を発し、同時に「オランダの運転手に比べ質の落ちるポーランドなど東欧の運転手がオランダにやってきて安い賃金でオランダ人の職を横取りしようとしているし、事故の多くは東欧系の運転手によって起こされているので、2008年1月に予定されているポーランド人労働者のオランダ移入は禁止すべし」とのロビーイングを行っている旨、報道されたことが何度かある。しかし今は好むと好まざるとに拘らず、東欧の運転手に来て貰わないと業界が人手不足で苦境に陥る状況に立至っているようだが、東欧人運転手の質が本当に(上に述べたような)オランダ人運転手の勤務振りよりさらに悪いものだとすると、確かに考え物ではある。しかし実態は、オランダ運送業界のスポークスマンが信じさせようとしているのとは裏腹に、注意深い安全運転を行っているのはむしろ東欧系の運転手であり、規則をものともせず危険な運転をして事故を起すのはオランダ人運転手の方であろうと筆者は推測している。

ケース6:「Big Brothers」と「金の檻」

「リアリティー・ソープ」に分類される「Big Brothers」というTV番組が、一年ごとのシリーズ番組として、1999年から2006年まで放映され、そして最近はこの「Big Brothers(BB)」に続くシリーズとして「金の檻(Gouden Kooi)」と名付けられたテレビ番組がオランダで放映されている。これらの番組は今から10年前の1997年に、当時アメリカで大当りを取った「The Real World」や、やはり同時期にスウェーデンでヒットした「Expedition Robinson」など「弱肉強食、強い者勝ちのリアリティー番組」にヒントを得て企画されたもので、お互いに見知らぬ男女合わせて8~10人程度を一般応募者から選抜し、外部から完全に遮断された建物に閉じ込めて、彼等の言動全てを一日24時間、目立たぬ場所に取り付けたテレビカメラとウェブカムを通して記録している。ウェブカムによるライブ映像はインターネットで24時間、またテレビ映像はさわりの部分のみ集めた約1時間の抜粋番組として連日放映される。「BB」の脚本は、毎年のシリーズ毎に内容が変わってはいるが、基本的には約100日間、外界から隔離されて共同生活するあいだ、番組制作者から毎週出される課題をこなすその結果や、参加者の性格、言動などに基づいて、共同生活に不適格と見なされる者を参加者全員のコンセンサスで選び出し、それに視聴者による有料電話投票の結果も加味しながら次々に落として行き、最後に残った3人の中から視聴者に再度有料電話投票で優勝者を選ばせるというもので、優勝者には年によって違うが一番多い時で35万ユーロ(2002年)、2006年は17万8千ユーロという金額の賞金が出された。番組制作者にとってのメリットは、広告収入と、視聴者が掛ける有料電話料金の収入、そしてこの「BB」コンセプトを外国の放送団体に売った時のライセンス収入で、商業的にも大当りのサクセス番組となった。
「BB」が今までに類を見ない新種の番組であることと、人間が本能的に持つ「覗き趣味」や「野次馬根性」を満たすというコンセプトであることにより特に大衆層に受けて、メディア・ハイプ現象(注)が、放映を開始して以来3~4年間続いた。しかし何事にも飽きが来ること、この場合も例外でなく、番組が始まった1999年には毎回140~150万(20%以上)の視聴率であったのが、年とともに徐々に下がり、2003年以降は第一回と最終回のテレビ放映の時を除き30~35万(5%)程度の視聴率しか取れなかった為、2006年で打ち止めとし、代わりに趣向を変えた「金の檻」が2006年9月からスタートした。

(注)メディア・ハイプ現象: 主にマス・メディアで大袈裟な取り上げられ方をすることで煽り立てられ、ブーム(流行現象)になること

「金の檻」も内容的には「BB」に似て「カメラによる覗き」が重要なコンセプトになっているが、同時に参加者(男女合わせて10名)の「意地の悪さ」や「精神的いじめ」という要因がそれに加わっている。すなわち他の参加者を精神的にいじめ抜いて(これには罵詈雑言も含まれる)蹴落としながら一年間頑張って最後に一人だけ残ったものが勝ちで、賞品として参加者が居住するデラックスな別荘と賞金100万ユーロが手に入る。ただし賞金に関しては、視聴率とそれに関連する広告収入や有料電話投票の収入に依っていて、スタート時の視聴率は95万程度まで行ったが、その後徐々に下がり今現在は30万を前後しているので、賞金が出ない可能性もある。 オランダのテレビ放送史上「BB」そして「金の檻」ほど物議をかもした番組は他にない。参加者の生活の全てが、セックスでさえも常時カメラによって映し出されるプライバシー皆無の世界、その中に見知らぬ他人の(既婚、未婚両方の)男女が集まって3カ月(「BB」)から1年以上(「金の檻」)共同生活を余儀なくされ、食い違う意見が続出して人間関係が険悪になっても、他の参加者を押しのけて自分が勝ち残るのが最終目的なので、自己抑制が働く筈もなく、さらに番組制作者の煽りも手伝って参加者同士の恋愛関係が続出し、しかもそれが既婚者の場合は直ちにカメラを通して自宅にいるパートナーの知るところとなって離婚沙汰に発展する等々、常識的なモラル観や倫理観を持つ人々には理解の外の番組に仕立て上げられている。当然抗議の声が全国で湧き上り、議会での討議の対象にもなったが、法に違反している番組ではないし、参加者も全て成年で、自分の自由意志で番組に参加しているので取締りの対象にもならない。
しかし問題は、このような内容の番組がテレビとインターネットを通して、(金銭計算以外は自分で考えることをしなくなった)大衆層に無条件に受け入れられ、彼等のライフパターンを形成するようになっていくことで、オランダ人の「価値観(Waarden)」と「(それに基づく行動の)基準(Normen)」の再導入が今政治的にも強く叫ばれている中で、それに逆行するメディアの責任は非常に重いと言うべきであろう。上のオランダ海軍の不祥事のところで述べた、若い世代の判断基準「Alles mag, niets moet」の発想の根源が、このようなメディア企業のうち出す、「自己尊重」を全く無視或いは否定した本能中心の番組からも萌芽したものと筆者は受け止めている。

ケース7:「社会保障制度の不正」

元自由民主国民党(VVD)の党員で1998年から2002年まで第二院の議員を勤め、その後同党を代表する北ホーラント州議会の議員に転出した元オランダ領シュリナム国出身オランダ人のPatricia Remakが、政治家用の退職手当を悪用し、不当に手当を受け取って着服した罪で1月初めに一年間の懲役を科せられた。政治家が3カ月以上議員職や閣僚ポストにあって辞任した場合には、次のフルタイム・ベースの定職が見つかるまで失業保険に相当する退職手当「Wachtgeld(英語に直訳すると “Waiting money”)」が貰え、定職に就いた時点でこの手当は打ち切られる。この手当を貰っている間に別の所得があった場合には、その所得額を報告して手当額からその分を差引く手続を取らなければならない。2002年に第二院議員を辞めてから彼女にはこの手当が規定どおり支払われたが、彼女は、引き続き州議会議員として受けた報酬、そして税法を専攻した彼女が「Tax inspector」として税務署で働いて得た報酬を故意に報告せず、合計103,000ユーロを不正に受け取っていたというもの。
この不正受領とは別に、彼女が州議員職にあった期間の半ば、2004年にVVDから脱党し、以後2007年1月9日に辞職せざるを得なくなった時までの二年余にわたって、ワンマン政党の州議員として留まったが、そのあいだ身内を「アシスタント」として採用しそのコストを州に請求していた。ところがこの身内は夫が経営する企業の従業員としてそちらからフルタイム給与を貰っていて、要は州に請求したコストは全て自分の懐に入れていたとの疑惑で彼女は州から訴えられ、去る1月27日、不当に受け取った約28,000ユーロを州に返済すべしとの判決が下された。
不正や詐欺には上に述べたような失業保険、或いはそれに類似するシステムの不正以外にも、生活扶助を受けていながらこっそりブラックマネーを稼いで現金、車、不動産などを隠し持つという不正が数多くあり、長年問題視されていた。2003年以降、支出削減を余儀なくされている「社会・雇用省(Ministerie van Sociale Zaken & Werkgelegenheid)」は窓口機能を果たす地方自治体と協同で取締りを強化し、管理体制を改善した結果、不正件数はかなり減らすことが出来た。しかし金額は一件当りの不正額が2割方増えたことによりトータルでは微増となり、減額達成がなかなか出来ない状態でいる。中央統計局の数字によると 2004年の不正件数が41,590件で不正総額が約1.14億ユーロであったのに対し、2005年の不正件数は34,920件に減ったものの不正総額そのものは約 1.2億ユーロに微増。2006年は上半期分しか公表されていないので分らないが、件数、不正金額ともに前年並みと推測されている。この不正件数を扶助受給者の数と比較すると、2004年は 33.9万人が扶助を受けていたので約12%の不正率、2005年は 33.4万人が扶助を受けて前年比5000人減少し約10.5%まで下がったものの、10人に1人が不正をはたらいているというのは数字としては大きく、やはり最近のオランダ人のモラル観の欠如がこういう数字にも表れていると思えるのである。

本稿の最後に

上に述べたオランダ社会のネガティブな現象は、いわば「氷山の一角」で、毎日、新聞やインターネット・ニュースを開くと、気の滅入る記事が、多い時には立て続けに少なくとも5~6種類は報道され、別の新聞や雑誌も参照するとその数はさらに大きくなる。ほぼ連日そのような状態なので、筆者のスクラップブックも膨大な厚さに膨れ上がっている。



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