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NTTデータ ルウィーブ株式会社

心に響くモノデザイン

サクラサクグラス



冷えた飲み物をガラスのコップに注ぐ。
やがてコップの肌に生まれた結露で、テーブルが濡れていく。
つい気になり、いつもは拭き取りたくなるこの水滴を、
むしろ愛おしく感じさせるコップに出会った。
それが「SAKURASAKU glass」。

グラスをひっくり返してみると、底が桜の花びらの形になっている。
グラスの水滴はその五枚の花びらに吸い寄せられるようにたどり着く。
飲み終わるころにはテーブルの上には桜が咲き、ふんわりとした余韻を漂わせる。
桜という花にとりわけ思い入れが強い日本人なら、誰もがこのグラスに心を動かされるだろう。

「人とモノの結びつき」から考える

デザイナー 坪井浩尚さん

「SAKURASAKU glass」が世に出たのは2007年の春。
デザイナー坪井浩尚さんが発案し、1年余りをかけて開発、商品化にこぎつけた。今では、インテリアショップで気軽に手に取ることができ、オンラインショップでも購入することができる。取材に伺ったその日、坪井さんの事務所兼倉庫には、発送を待つダンボール箱が山積みになっていた。「結露をデザインした」グラスはどんなきっかけで生まれたのか。
坪井さんのモノ作りへの姿勢とはどんなものなのか。

「モノは“そのもの自体”では成立しないと思うんです。人が使うという環境があってこそ成り立っている。だから、モノをデザインするときは、見た目の形や色だけではなく、使う環境から考え始めます」
たとえば、グラスを扱う人の仕草や環境を意識してみる。グラスに水を入れる、飲む、置く、洗う、しまう・・・。そして思いついたのが結露の存在だ。「結露を喜ぶ人はいないのではないか」。そうだとしたら、「一見迷惑に感じられる現象に、デザインのエッセンスを加えることで、逆に喜ばれたり、愛着が持たれる形に変えてみたいと考えたんです」
坪井さんは大学時代に美大で建築を専攻した。建築は、人の動線、つまり、人とモノとの関わりを考える要素がたくさん詰まっている。また卒業後の1年間、仏門に入り、禁欲の中で、「モノを持たない心地よさ、モノの持つ役割の大切さを感じることができた」という。このような貴重な体験が、坪井さんのデザインの原点にはある。

クオリティを高めるために越えた、いくつものハードル


結露が美しい桜模様を生み出す

坪井さんは、思いついたアイデアをすぐ具体化せず、時間をおいてから、また考えるという作業を繰り返す。こうして反すうすることで「桜型の結露」のイメージは、坪井さんの頭の中で研ぎ澄まされ、完成されていった。しかし、その形を実際にガラスで作ることは、技術的に非常に困難なことだった。まず技術的に難しいと門前払いをくらうこと数十社。そして、無理と言いながら、話を少しでも聞いてくれた会社には、お酒を持って工場に通い、「失敗してもいい。とにかくやってみましょう」と説得を続け、ようやく技術開発に協力してくれる会社が現れた。

しかし、ここからの道のりもまた厳しかった。膨大な試作品を経て、少しずつ「SAKURASAKU glass」は、現在の繊細でシャープな形へと近づいていった。製品化されてもなお、仕上がった品物のうち、9割を返品することもあったという。納得できるグラスを作ることができたのは、最終的に、職人の中でもごく限られた人しかいなかった。現在、東京都から「東京マイスター」として認定されている優秀な技術者3名が、このグラスの製造に携わっている。SAKURASAKU glassにどんな優れた技術が使われているか。それは使っている人には伝わらないと思う。でも、クオリティの高さ、つまり“いいグラスかどうか”は手にとれば分かるもの。その“いい”に結びつくために開発を重ねました」

ガラス加工では難しい花びらの輪郭をくっきり出すことができたグラス(左)と輪郭がきちんと出ずに、試行錯誤していた頃のグラス(右)
うすはりガラス手法によりつくられた薄い呑み口のグラス(左)と呑み口にも一定の基準を設け、検品でNGとなったグラス(右)

生活にちゃんと収まる「普通さ」へのこだわり

日常にモノが溢れている世の中に、どんなモノを新たに生み出していけばよいのか。目新しいモノが次々と商品化する影には、同じ分だけ、消えていくモノたちがいる。「少しずつでもいいので、長く愛される商品を作りたい。だから、一点もののクラフトではなく、誰もが使えるように、あくまでも量産されるモノにこだわる。それには、生活にちゃんと収まる“普通さ”が必要。グラスはグラスらしくなければならないし、そこは崩したくない」。一方で大量生産品は、商品と人とのつながりが希薄になりがちだ。だからこそ、「桜型の結露」というデザインを加えることで、ただのグラスを、愛着の持てるモノへと変えていく。こうしてモノと人との関わりがずっと深く、広くなる。坪井さんは、それがデザインの持つ魅力だと思うと語ってくれた。
自分が考案し、自分の足で製造する会社を探し、開発、検品、発送までも手がけてきた坪井さん。その工程における苦労を熟知しているからこそ、坪井さんの言葉はどっしりと地に足がついていて、ゆるぎがない。現在27歳。企業を含めて12のプロジェクトで、モノづくりを進めている。


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プロフィール

坪井 浩尚 (つぼい ひろなお)
株式会社100% (所属:Hironao Tsuboi Design)
Art Director/Designer

現在100%のArt Director/Designerを務め、国内外メーカーとのProjectも進行中。
red dot Award(独)、D&AD global awards(英)、Good Design Award等を受賞。
多摩美術大学非常勤講師も務める。