リタイア族のメッカ?
セドナの人口は約一万人。別名<レッドロック・カントリー>と呼ばれる観光地で、その名称の由来である奇怪な形状の赤い岩山や、四季、彩りを変えるオーククリークの渓谷美を目指して訪れる観光客の数は、年間300万人といわれている。それを365日で割ると、平均一日8000人余の観光客が滞在することになり、特にシーズン中、それは住民数を優に上回る筈だ。
ところで、その住民の平均年齢は現在55歳前後といわれているが、これは高齢化が進むアメリカの中でもかなり高いほうだ。理由は、この十数年間、セドナが中産階級のリタイア族の生活に最適な地として喧伝され、多くの退職者が移住してきたからである。気候は北米中、比較的温暖であり、季節の移り変りがはっきりと感じられるのも好まれている。かつて老後をおくる最適地といわれていたのは、フロリダやサンディエゴだったが、治安の悪化や不動産の高騰によって、その地位は失われた。またニューヨークやシカゴ、ボストンといった東部の大都会で職を得ていた者にとっては、季節の移ろいが感じられない地域は肌に合わないという人もいる。
気象現象も観光資源
では、セドナの四季とはどんなものか。まず春の訪れは、2月中旬にハウスフィンチやロビン、またはカーディナルス等の小鳥がメキシコの山地から戻ってきて、朝早くから囀ることによって知らされる。3月初旬になると霜げていたパンジーの花が顔をもたげ、喇叭水仙や早咲きのデイジーが咲き始める。下旬から4月の初旬にかけて薄桃色の杏や少し緑がかったアーモンドの白い花、そして中旬には桃や梨の純白の花が開花し、春はたけなわとなる。4月の中旬になると色とりどりのバラの花が妍を競う。しかし日本のような春霞にけむる光景は見られず、あくまでも青い空に輝く太陽と、暖かい乾燥した風が何処からとも知れず花の香りを運んでくる。5月、太陽はその輝きを倍加し、早くも盛夏の到来を告げる。オーククリーク沿いの広葉樹林は緑を深くし、多くの泉を水源としたオーククリークの水が温んでくると、鱒釣り場は大賑わいとなり、セドナの本格的な観光シーズンが始まる。そして6月に入ると紺碧の空に輝く太陽は白熱化し、気温が40度に達する日も稀ではなくなる。下旬になると、南の高地砂漠から吹き上げてくる乾いた熱風が、咲き誇っていたバラの花を生きたままドライフラワー化し、人々は紺碧の天を仰いで、モンスーンの季節の到来を渇望するようになる。
そして7月半ばのある日の午後、一天俄かにかき曇り、暗雲が密集して雷鳴が轟き渡り、大粒の雨が乾ききった大地に黒い斑点を印し始めると、突如、冷風が吹きつのり、ものすごいどしゃぶりの豪雨が降り注ぐのだ。やがて針葉樹の葉先という葉先から水滴がしたたり落ち、香しい涼風が吹きすぎていく。暗雲は千切れて、太陽が復活し、東に聳える赤い岩山を背景にして大きく虹が架かる。しかし背後の空はまだ鉄灰色の雲の壁に閉ざされ、時にジグザグの稲妻が激しく雲を切り裂く。ふと、ベートーベンの第6交響曲、田園の第4楽章の数小節が耳をかすめる。
このような幻想的な気候現象こそが、もう一つのセドナの観光資源なのだ。そしてたまたま、こんな日常とかけ離れた光景を目の当たりにした観光客の中には、やがて訪れる人生の終焉を迎えるにふさわしい地としてセドナを選ぶようになるのも、あながち不思議ではない。またニューエイジと呼ばれる人々が、セドナを彼らの聖地として選ぶのも全く故なしとは言えない。
この季節、もう一つ、奇跡のような自然現象が起こる。セドナから南へハイウエイを約40キロ下ると、コットンウッドという古い町があるが、その間、車窓の両側には、低い檜の疎林に覆われた丘陵と、広漠たる高地砂漠が広がっている。砂漠といっても砂丘があるわけではなく、極度に乾燥した荒れ地なのだが、この荒寥としたランドスケープが、モンスーンの到来から十日もすると、まるで緑の絨緞でも敷きつめたような瑞々しい大地に変じる。それは天から緑色の雨でも降らせなければ不可能なほど、遍く完璧な緑の大高原の出現なのだ。
このようなモンスーンの季節は9月初旬には終わり、秋がやってくる。気温は30度を超えぬ日が続き、薔薇はその色を深める。10月も半ばを過ぎると空はさらに青さを増し、オーククリーク・キャニオンの樫や楓が色づき始める。やがて住宅地に植えられたカナディアン・メイプルが深紅に染まり、背高のっぽのポプラは濃紺の空を背景に黄色く色づく。11月、強い東風が吹き、木の葉を散らせる。冬の到来を告げる季節風で、いわばセドナの木枯らしだ。やがてハロウィンと感謝祭が過ぎ、セドナのアップタウンでもクリスマスの飾り付けが始まり、メインストリートにハッピーホリデイという横断幕が張られ、イルミネーションが点灯するようになる。何故メリークリスマスではなくてハッピーホリディなのか? それは、主としてジューリッシュにもこのお祭り騒ぎのショッピングシーズンを、抵抗感なく受け入れさせるための、商人どもの深慮遠謀なのだ。ともあれ、街角にはクリスマスツリーの売り場が出現し、ドラッグストアの棚は、色鮮やかなオーナメントやクリスマス電球で溢れかえる。そして家々の窓からは、ツリーに飾られた色とりどりの豆電球の瞬きが垣間見られるようになると、雪がちらつき始め、赤い岩山がパウダーシュガーをまぶしたケーキのように見えてきて、人々のホワイトクリスマスへの期待が高まる。しかしこの頃の雪は、翌日には溶けてなくなる。やがて大晦日のカウントダウンと、ハッピーニューイヤーの声があちこちで聞こえ、新しい年が始まる。気が付くと小鳥の鳴き交わす声も絶え、厳冬がやってくる。ちなみにこの季節は第一の雨期であり、雪やみぞれが本格的に降る。この冬の雨期こそが、セドナの爆発的な春を育むのだ。このように、春夏秋冬が明確に感じ取られることも、セドナが人々を魅了する理由の一つである。
ハリウッドは
レッドロックがお好き
ところで、このセドナの奇怪なレッドロックや、虹鱒が住む渓流オーククリークの景観、そして色彩豊かな四季の移ろいに、最初に商業的価値を見出したのは、実はハリウッドの映画制作者達だった。彼らはその色彩が、カラー映画にとっては重要なファクターであることに気づいたのだ。やがて、ブロークンアロー、ラストワゴン、コマンチ・テレトリー等、50本以上の西部劇映画が、40年代から60年代にかけてセドナで撮影された。そしてこれらの映画には、ジョン・ウエイン、ロバート・ライアン、クラーク・ゲーブル、ジェーン・ラッセル、リタ・ヘイワーズ等が主演。セドナの奇怪なレッドロックやオーククリークの渓谷美は、これらハリウッド・スターの名声と共に、人々に知られるようになった。もっともセドナの基盤は100年以上前、リンゴや桃の果樹園によって培われ、いま高地トレーニングの地として知られるフラッグスタッフや、かつての銅鋼山の町ジェロームで盛んに販売された。我が家の北側にセドナ発祥の地とする公園があり、古い農機具類や、幌馬車のものと思われる大きな古車輪などが何気なく放置された庭に、リンゴの若木が立派に育てられている。
不動産バブルのつけ
さて、セドナに住んでいて近頃気付くのは、ロサンゼルスやサンフランシスコなどから、セドナに移住してくる人が増えてきたことだ。ここ数年、カリフォルニアの大都市近郊の不動産価格が高騰し続け、3ベッドルーム程度の小住宅でさえ100万ドルを超えているというのだが、もし同程度の家屋をセドナで買うとすれば、50万ドルで事足りる。つまりセドナに移住すれば、差益の50万ドルは投資に向けられることになり、老後の生活は、より安定したものになるわけだ。これがまた、セドナをしてリタイア族のメッカにしつつある理由の一つである。
それでは彼等リタイア族は、セドナでどうやって生計を立てているのか。一般には401kと呼ばれる年金と、投資によってである(401kについては日本でも知られているだろうから省く)。
リタイア族の投資法
問題点を少しあげてみる。 まずインフレーションの比率に対して投資が比例しうるかどうかだ。仮にインフレ率を年3パーセントと設定すれば、必要な生計費にそれを加えなければならない。もしそれを計算に入れておかなければ、元本はインフレ率によって減少していくからだ。日本に住んでおられる皆さんは、デフレを脱却しつつある現状から、インフレなど心配ないと言われるかも知れないが、それは錯覚だろう。確かに日銀や日本政府の発表する統計的数字はようやくデフレを克服しつつある段階のようだが、石油や金属、そして穀物相場は高騰しており、またエタノールが自動車燃料として大量生産されるようになれば、その原料であるコーン、蔗糖等の高騰は避けられない。食料の65パーセントを輸入にたよっている日本の現状では、円安もそれらの価格の上昇につながるのは明らかだ。だから中長期にみれば、少なくとも3パーセントの生計費の上昇は自明の理である。
老後の生計費の予算を立てることも大事だ。しかし、それは人様々であり一概にいうことはできないから、アメリカの一般的例を挙げて算出してみよう。
まず住居は持ち家とし、その維持費として月額100ドル、不動産保険50ドル、冷暖房費150ドル、不動産税200ドル、自動車償却費(10年)200ドル、自動車保険50ドル、燃料費100ドル、一般家計費700ドル、医療保険600ドル、旅行積立金300ドル、予備費500ドル、計2950ドル。つまり生計費は月額約3000ドルとなる。年間36000ドルの収入があれば充分生活できるわけだ。ただし、この数字は地域によって差があり、観光地でもあるセドナでは、それに10パーセント程度上乗せする必要がある。
日本にはないモーゲージ・ボンド
さて、セドナで老後を過ごすと決めたリタイア族が収入源とするものは、前記した通り年金と投資だが、アメリカにおける金融商品の多様性はほとんど無限に近いので、小生の知っている範囲で興味のある事例を紹介しよう。
その一つはモーゲージ・ボンド。これは連邦政府が設定したモーゲージで、現在の利率は5.5パーセントである。元本は利率によって上下する。これは国債と同じだが、モーゲージ・ボンドの場合は、貸付額が建築費の値上がりに比例して増加するので、もしその率3パーセントを配当の中から再投資すれば、インフレヘッジになる。従って、このボンドの実質的利回りは2.5パーセントと考えるべきだ。
他の興味あるボンドとして紹介できるものに、不動産リース・ボンドがある。これは、ある投資会社が売り出しているもので、一般投資者から集めた資金を大型店舗等の建設に使い、それを大型スーパーマーケットや各種のチェンストア等に貸し、その家賃収入を配当にあてるボンドである。このボンドは不動産価格の上昇によって資産価値が上がり、かつ家賃の上昇も期待できる。現在の年間配当率は8パーセントである。
また、小規模企業に対する資金貸し付けを目的としたボンドもある。このボンドの特質は、投資会社は貸し付けに先立って、相手企業の経営戦略や経営技術をアシストすることを契約条件とし、商品開発と市場開発まで協力して行うことにある。このような投資側と相手企業の協調によって貸し付けのリスクはかなり低減するだろう。現在の年間配当率は10.5パーセントである。
これらのボンドは大きなキャピタルゲインを期待できないが、株式投資ボンドのように大きな元本割れのリスクは少ない。もちろん、投資である以上、大なり小なりリスクはある。要は、ハイリスク・ハイリターンか、ローリスク・ローリターンか、あるいはそれらを組み合わせるかだ。いずれにしてもポートフォリオの組み方は投資者の生活設計によって選ぶべきであろう。特に老後の生活を安逸なものする為の投資であるなら、利率よりもあまり気疲れしないもののほうが適切だろう。
去年の年末、ある大手銀行の投資セミナーに顔を出したところ、講師が平均的中産階級のアメリカ人のリタイアメントに必要な資金は120万ドルである、と言っていた。その内訳は、不動産と動産が70万ドル、401kによる退職金が20万ドル、その他の投資または預金が30万ドルだそうである。それだけの資産を一般の退職者が持っているか否かは別にしても、50万ドルの投資による利回りを7パーセントとすれば、年間3万5000ドルの収入があることになり、私の計算とほぼ同額になる。
ちなみに、もし、それが不足でも問題はない。アメリカではリバース・モーゲージという金融制度があるからである。
最後には、きれいさっぱり使い切る
リバース・モーゲージとは、連邦政府が保証している融資システムで、62歳以上のアメリカ国籍または永住権を持つ者が不動産を持っている場合、その資産評価額に応じて、一定の期間、つまり死亡するまでの予想期間、毎月きまった金額が口座に振り込まれるといった制度である。ちなみに、アメリカの法律では住居用不動産は夫婦共同名義だから、夫または妻が死亡するまで、その契約は有効である。このリバース・モーゲージは主要銀行の殆どが取り扱っており、その金利は現在5パーセント程度と聞いている。この金融制度は、遺産を残す必要のない人にとっては都合がよい。
ウイルキンソン山の山火事
リタイア族はヒラリー派かオバマ派か
話題を変えてみる。セドナに住むリタイア族の政治意識とはどんなものなのか?
周知の通り、去年の中間選挙の結果、民主党が下院の過半数を獲得し、前ファーストレディのヒラリー・クリントンが大統領候補に立候補した。次いでアフリカから移民してきた両親の息子、バラック・オバマ上院議員が立候補の声を上げた。
一方、共和党ではアリゾナ選出の上院議員マッキャーンと、前ニューヨーク市長のジュリアーノが候補になるという話だ。
いずれにしても今年から来年11月までは、キャンペーンのラリーが華々しく展開される。とりわけ民主党の両候補については、もし当選すれば、ヒラリー・クリントンは初代の女性大統領になれるのだし、オバマ上院議員は、初代の黒人大統領としてホワイトハウス入りが出来るのだから、その賛否両論がかまびすしく戦われるのは必至である。
そこで私の住むオーチャード・レーンの隣人達や、ごく親しい若い友人との会話から拾った話を紹介しよう。
「まあ、始まったばかりだが、今のところ、ヒラリー・クリントンが人気としては群を抜いてるね」向いの家の民主党員が口火を切った。
「もしヒラリーが当選すれば、増税は免れないな」熱心な共和党贔屓の若い友人が異を唱えた。「彼女はこう公約してるだろ。全国民に医療保険をくまなく行き渡らせるって。これだけでも1000億ドルの予算増加だ。これはわれわれ中産階級の所得税の増額で賄われるんだな。そんな事態になってみろ。われわれの生活はどうなる」
「1000億ドルなんて、どうってことないね」民主党員のリタイア族が反論した。「イラクの戦費はいままで幾らかかってると思うかね。4500億ドルなんだぜ。わずか四分の一で賄える勘定じゃないか。増税どころか減税も可能さ。もっとも、ブッシュ政権がイラクから手を引けばの話だがね」
「そうかも知れない」共和党贔屓が一歩退いた。「でも、民主党は、イラク撤兵の具体案を提示できないでいるじゃないか。こんなことじゃ、名誉ある撤兵なんか望むべくもないね」
「ちょっと待ってくれ」と民主党員。「いったいイラクに侵攻を命じたのは誰だね。ジュニアじゃないか」
「ジュニアとは何事だ!」共和党贔屓が突然どなった。「ちゃんとジョージ・ブッシュと言い直せ」
「まあまあ、呼び方の違いなんかで問題を脇道にそらすなよ」日本人の私が割って入った。
元グリーンベレー大佐の説得力
「そうだな」ベトナム戦に従軍した元グリーンベレーの大佐が初めて発言した。「戦争をおっぱじめようとする者はな、前もって撤退の時期と方法を考えておかなけりゃならんのだ。でないと、ベトナムの二の舞になる」
「その危険があるからこそ、議会に超党派の委員会が出来て、彼らはこうブッシュ大統領に提言した」と民主党員。「シーア派とスンニ派の融和をはかることが、現在のイラクの治安回復に役立つとね。それにはシーア派のイランと、スンニ派のシリアを、交渉のテーブルに同席させることが肝要だとも言った。ところがブッシュはその提言を拒否して、増派を決定した。おまけに追加予算を議会が承認するよう要求したんだぞ」
「それは当然のことだ」まだ憤懣の納まらない共和党贔屓。「イランは核開発を止めないばかりか、平和的核開発を止めろというのは、国家の主権を侵すことだと、強気じゃないか。もしイランが核兵器を持てば中東の平和のみか、世界第三次大戦が始まる危険性がある。なにしろシリアとくれば、テロリストを養成してイスラエルに送り込んでいる。そんな国家に仲介を頼み、イラクの内戦状態を停止させるなんて論外だ。それよりブッシュが言ってる通りにだ、アメリカ軍が撤退するにはまずイラク軍を強化し、アメリカ軍と協力させ、アラブの狂信的なテロリストを壊滅させることが前提じゃないかね」
「たとえ、それが撤退を前提にしたものであっても、戦闘を激化させるのみならず、ますます泥沼に入り込んでいくのが必然だね」と、元グリーンベレーの大佐。「これは俺の経験から言っているんだが」
「大佐、あんたの経験は貴重なものだが、そんな事態にはならんよ」共和党贔屓がやんわりと反論した。「と言うのはだ、イラクの問題の核心はやっぱりオイルなのさ。これを宗派に関わらず均等に分けることを前提として、採油と販売の利権を国家管理として確立させる。その上で、各宗派の自治を認め、その経済的基盤となるオイルマネーを分配するような政治機構を作ろうと提案すればな、多少の異論が出たとしても、おそらく妥協は可能だろう。クルト人自治区が平穏であることがそれを証明している。だが各宗派の指導者を交渉のテーブルにつかせるには、まずテロリストの奴らを掃討しなければならんのだ」
「いったいあんたは、テロリストがどこから来てるか分かってるのかね」元大佐は共和党贔屓を見つめながら続けた。「彼らはイスラム世界の至る所から馳せ参じているんだぜ。ジハードという崇高な使命を果たさんとしてな。そんな連中を根絶やしにできる筈がない。しかも彼らのジハードとは、シオニズムやクルセーダーと戦うことだ。つまり彼らの敵は、イスラエルの拡張主義者とアメリカ帝国主義者……いや言い直そう、アメリカのグローバリズムだ」
「それが、9・11同時多発テロ事件の元凶かね」いままで黙っていたアメリカ大衆の代表のような大工が訊ねた。
「そうとも言える。彼らイスラム原理主義者はな、現代ではなく中世に生きてるんだ。その彼らの首領が、オサマ・ビンラディンというわけさ」と元大佐殿が出入りの大工に解説する。「いいかね、オサマ・ビンラディンの資金源はな、“ユダヤ人とクルセーダーに対するジハードの為の国際イスラム戦線”というイスラム世界の……つまり宗教と金融と石油を統合した国際企業連合体なんだよ」
「そんな神懸かりで大金持ちの連中がオサマの背後にいるのか!」大工は驚いた。
「いや、イスラムの組織はそんな単純なものじゃないんだ」元大佐殿が補足説明する。「金融システム一つ取り上げても、その複雑怪奇なことといったらな、CIAの若造なんかに理解させようたって、とても無理だね。まあ言ってみれば、アルカイダの資金源を絶とうなんてこと自体、不可能に近い。しかも彼らの国際企業連合体は金融ばかりでなく、情報網まで持ってるんだ」
「それでオサマは捕まらなかったんだな」と大工は合点した。「アメリカ軍が最新兵器を使って、アフガニスタンにまで侵攻しながらね」
「それに加えてブッシュは、国際連合の調査団がだ、イラクの何処にも大量破壊兵器、つまり核と細菌化学兵器を製造した証拠はなかったと報告したのに、それを押し切って、イラクに侵攻した。それらの隠匿を理由にな」と民主党員。
「その謳い文句がよかった」元グリーンベレーの大佐は苦笑いしながら言った。
「ブッシュはサダム・フセインをこう脅かした。『フセイン親子は直ちにイラクを退去しないと、アメリカ軍に逮捕されるぞ』ってな。いかに独裁者でも、こいつは国際法違反だぜ」
“イラク・フリーダム”は押し付け
「いかにも」民主党員が相槌を打った。「最初は威勢がよかった。でも調査団の報告通り、肝心の大量破壊兵器は影も形もなかった。で、作戦名をこう変更した。“イラク・フリーダム”ってな」
「それがどうした!」共和党贔屓が大声を出した。「結局、アメリカ軍は独裁者サダム・フセインからイラクを解放して、民主的政府を樹立し、サダムを捕まえたではないか」
「四千名もの戦死者を出してな」元大佐殿は憮然として言った。「しかも、そのイラク政府が民主的かどうかは疑問だ」
「どだいイスラム世界に民主主義を根付かせようなんて無理な話さ」いささかうんざりしていた私が口を挟んだ。「イランのシャーが近代的国家を建設しようとしたが、イスラム原理主義者ホメイニの帰国で失敗した。アメリカの後押しは無駄に終わったわけだ。そればかりか、大使館員を人質に取られ、カーターがその人質を奪回しようと試みたが、失敗した。とにかくアメリカは、イスラム諸国にピューリタン的思想を押し付けないことだな」
「ピューリタン的思想の押し付けとは何だね?」大工が素朴な質問をした。
「それは、アメリカの伝統的善意と言ってもいいだろう」私は説明を続けるべきかどうか、迷った。「つまりメイフラワー号以来のね」
「何を言いたいんだ。はっきり言えよ」と大佐殿。
「それを説明すると、あんた達は怒るね、多分」
「怒るもんか」と大工は、頷くみんなの顔を見回した。「そんな五百年も昔の話でさ」
「こういうことだ」私は記憶をたどった。「ニュー・イングランドに、ピューリタン的気質ができあがった頃の話だが、メイフラワー号の船長マイルズ・スタンディッシュは、彼らの指導的組織ピルグリム・ファーザーズの命令で、マウント・ウラストン開拓地を襲撃して、トーマス・モートンを追放した。それは、彼がインディアンとの交易で金を儲けていたからなんだ。つまり、道徳と経済……いうなれば聖書と財布を守る為に、ピューリタンは思い切ったことをしたわけだ。そんな例は後でも起きた。植民地時代、マサチューセッツの知事だったジョン・エンディコットが、ピークォット・インディアンの村々を討伐し、皆殺しにしたね。これはジョン・オルダムが彼らに殺された報復として行われたことだが、ピークォット・インディアンこそは、開拓者達にコーンの種と栽培の仕方を教え、飢餓から救った恩人なんだ。とにかく人種と信仰の対象が違うと、ピューリタン達は攻撃的になるんだな。その伝統はいまでも続いているように思えるね」
「たとえば、どんなことだね?」共和党贔屓の友人が苦り切った表情で言った。
「たとえばだ」私はどう答えれば分かってもらえるかと考えた。「5年前の9月11日の早朝に、4機の旅客機がハイジャックされ、まずその一機がペンタゴンに突入し、後の2機がワールド・トレード・センタービルに突っ込んだ。その犯人がアルカイダに属するアラブ過激派のテロリストだとアメリカ政府が発表した。そしてブッシュ大統領は、クリントン大統領時代から追っていたオサマ・ビンラディンが潜んでるって情報があったアフガニスタンに侵攻した。それはアメリカの地が攻撃された報復だとブッシュは言明し、彼の支持率は急上昇した。これを契機にアメリカの愛国主義が復活して、アリゾナでも街々に星条旗が掲げられ、星条旗をはためかせたピックアップ・トラックが走り回った。そしてアラブ系と思われる人々が、愛国主義に目覚めた若者達に襲われた。コットンウッドの付近でも、インド系の婦人がアラブ系と間違えられて暴行を受けたという噂が流れた。この噂で、私の友人のインド系婦人は外出するのが恐ろしくなったと話していた。これらの事件は、建国以来の伝統的アメリカ愛国主義の復活によって起きたものだね」
「つまり、我々アメリカ人は攻撃的だというのか!」大佐殿が本音を吐いた。
アメリカのジレンマ
「いや、攻撃的というよりピューリタン的善意の押し付けだな」私はちょっと修正して、思いきって続けた。「とにかく世界随一の超大国アメリカはその強大な力によって、思想や宗教の異なる他国に対して、自分たちが信じている自由や民主主義を押し付けるべきではないね」
「そしてグローバリズムをもか」と民主党員。
「その通りだ」私は肯定した。「確かにインターネットの普及で、世界は一瞬の内に結ばれるようになったし、世界中のマーケットは24時間、取引ができるようになった。チャイナやインドはその恩恵を受けてるが、イスラム世界は彼らの教典によって生活している。つまり、グローバリズムから取り残されてるんだ。もちろん、例外はある。その一例がドバイだが、アメリカとの溝は深い。三年前、ドバイの金融会社がイギリスの港湾施設会社を買収した。その会社は、アメリカの港湾施設会社を傘下に入れていた結果、アメリカ議会は、アラブにアメリカの港湾施設が乗っ取られると騒ぎ出し、結局、ドバイの金融会社は手を引いた。まだある。中国の大手石油会社が、アメリカの石油会社を買収しようとすると、同じことが起きた。こいつは、まさにアメリカのジレンマだね。なにしろ自分たちが推し進めてきたグローバリズムが、その元祖に歯をむき出したってわけだからな」
「お説の通りだね」と民主党員が自嘲ぎみに言った。「つまり自分が仕掛けた罠に自分がかかったってわけか」
「そんなことは、とっくの昔に始まってるのさ」私は軽く言った。「二十年も前からアラブのオイルマネーは、アメリカ経済の中枢であるウォールストリートを支配できるくらいの力を持ってるんだ。実に奇妙な話だが、二十年以上も前に、グローバリズムはアラブからやって来たとも言えるね」私はそう言って腰を上げた。「実は明日から、私と妻はハワイのビックアイランドへ行くんで、失礼するよ」
「バケーションかね」
「それも兼ねてだが、不動産の下見に行ってくるんだ」
「すると引っ越すつもりかね」
「まあ、そういうことになるかも知れん」
「セドナが気に入らないのか」
「とんでもない。ただ冬が来ると神経痛が始まるし、ここは日本から遠いんでね」
「なるほど」そう言って共和党贔屓の友人が立ち上がった。「奥さんと楽しんでくるんだね。それに土産話を楽しみにしてるぜ」
というわけで、私は近所の口論仲間に別れを告げて、旅支度をするために家に戻った。
次回は“セドナリアンの実生活”について書いてみようと思っています。では、アロハオエ、かな?
SPAZIO誌上での既発表エッセー 目次
- セドナリアンの四季(1) no.65 (2006年6月発行 web化第三号)